旅と写真

スポンサーリンク
写真

1986080101←クリックで拡大
おそらく猪苗代駅前、背後は磐梯山 1986年8月

1987080309←クリックで拡大
襟裳岬 1987年8月

久しぶりに昔の写真なんぞ掘り出してスキャンしてみました。まだ写真を主目的としていなかった頃の純粋な「旅の写真」です。昔はどういう写真を撮っていたのかちょっと興味があったからです。こうやって20年以上も前の写真が色鮮やかに残っているのは、リバーサルフィルムの保存性に改めて感心しました。特に何もしないでほったらかしでいいんですよ。わかってる人はわかってると思うけど、デジタルで20年残すのは大変なことですよ。今のメディアがいつまでもあると思ったら大間違いなんですから・・

それはさておき、昔の写真を見る楽しみって、今とは違うもの、すでになくなってしまったものが写ってるからこそ面白いんですよね。ところが自分の写真を見返してみると何にも面白くない! 写ってるのは山とか湖とかネイチャーばっかり・・。撮るものがあまりにも偏りすぎている!

もちろん自然といえども長い目で見れば少しずつ変わってるんでしょうが、少なくとも10年や20年のスパンではほとんど変わるものではありません。そんなものを見ても「懐かしい」という感情はまったく湧いてきません。それに比べて街並みや人を撮るのは時代とともに移り変わりが感じられて楽しいですよね。写ってる車や服装ひとつをとっても今とは全然違うんですから・・。今そんな写真が残ってたら当分ブログネタには困らないはずだったのですが、悲しいかなそんな写真はまったくと言っていいほど撮らなかったのが残念でなりません。

何でそうなってしまったのかと考えると、やっぱり写真を「特別なもの」としてしか考えてなかったからではないかと思います。つまり写真とは著名な観光地やキレイな風景に出会ったときだけ撮るものであり、その他ゴチャゴチャしたものは撮るに値しない、フィルムの無駄としか考えてなかったんですよね・・。でもよくよく考えてみれば観光地の写真なんか絵葉書で十分で、わざわざ自分で撮る意味なんかないんですよ。それよりも「ゴチャゴチャしたもの」の中にこそ自分だけのオリジナルな「旅」が刻まれているはずなのです。

そういえば昔は観光地に着くまでカメラは鞄の中に仕舞い込んだままでした。初めから移動中に撮る気なんかなかったわけですね。しかし旅というものは、出発してから帰るまでの時間がすべて「旅」であると考えなければなりません。いつどんな素敵な出会いがあってもいいようにカメラはスタンバイさせておかなければなりません。極論すれば観光地の写真なんか撮らなくていい、移動中だけ撮れってことですね。

写真に凝るようになってから、いつしか旅の目的が「写真」に変わっていきました。しかし撮るものと言えば相も変わらずネイチャーばっかり・・。撮影機材もどんどん肥大化し、気がつけばバカみたいにでかい望遠レンズや重量級の三脚を振り回してました。こうなるとますます目的地至上主義が強まり、それ以外の移動の時間はまったく撮影の対象にならなくなるんですね・・。だから写真を旅の主目的にしてはいけないんだと思います。旅は旅として楽しまなければならない。写真はあくまでも旅のついでに撮るというスタンスを貫かなければなりません。

したがってカメラだって旅の邪魔になるような大げさなものはいけません。あれもこれもと考えるといくらでも機材が増えますが、写真中心で考えるからそうなってしまうのです。思い切って単焦点一本に絞るとか、コンデジ一台にするといった潔さが必要です。それで撮れないものは撮れないでいいと割り切ることも大切なのです。理想を言えばデジカメなんか持たないで小さいフィルムカメラ一台で行きたいものですが、ブログをやってるとどうしてもコンデジだけは手放せないのです・・(^^;

片雲の風に誘われて