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昭和の香り

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名張市本町 ウェブアルバムにジャンプ

名張というところは自分の中では新興住宅地のイメージがあったのですが、それはほんの一面に過ぎませんでした。実は曽爾高原ヒルクライムの時にちょっと目を付けていたのですが、名張駅西側の本町地区には初瀬街道が通り、昔ながらの街並みが残っています。そこを歩き回ってまた写真の練習です。あちこちに昭和の香りが漂う素敵な町でした。今まで赤目四十八滝しか知らなかった自分が恥ずかしいです。(^^;

カメラは何を持って行くべきかちょっと悩みましたが、やっぱり今回もE-520でした。しかも14-42mmのズーム付き。ちょっと言い訳させてもらうと、あまり撮るものがなくてフィルム1本撮りきれなかったら嫌なのと、自分に合った画角を見つけたいという目的からそういう選択になったのでした。その目的を果たすため、ズームは禁止し、最初から35mm相当に固定するという制約を設けました。これもネイチャー系フォトグラファーの悪い癖ですが、ズームに頼って自分から絶対動かなくなります。それでは遠近感も身に付かないので、とにかく35mmに固定して足で動くことを強制しました。例外として表現上どうしても必要な場合のみズームしてよいことにします。ただし使っていいのは28mmか50mmのみ。ファインダーを覗きながらズームするのも厳禁で、先に焦点距離を合わせてからファインダーを覗くことを厳守します。

実際歩いてみると面白いように写真が撮れました。デジカメの悪い癖ですが、片っ端からシャッターを押しまくりです。(^^; 何も撮るものがないかも?という不安は杞憂に過ぎませんでした。おそらくフィルムを使ったとしても1本は軽く撮れたでしょう。車で1時間ほどの近いところですが、自分の生活圏から抜け出すと旅行者の目になっていることに気付きます。とにかく一つ角を曲がるたびに新たな景色がひらけ、撮りたいものが向こうからどんどん飛び込んでくる感じです。写真を撮ることの楽しさってこういうことなんだなと思いました。自分が撮りたいのは「昭和」だったのか・・

歩けば写真はいくらでも撮れます。自転車ほど写真を撮るのに邪魔なものはありません。逆に自転車で気持ちよく走っているときに写真のことを考えなければならないのはまた憂鬱です。自転車は写真の楽しみをスポイルし、写真もまた自転車の楽しみをスポイルします。自転車と写真、一見相性が良さそうに見えますが、実は最悪なのです。自転車と写真は決して両立できません。これからはどっちか一つにしようと心に誓ったのでした。

1時間ほどの散歩で100カット以上も撮りましたが、結局ほとんどが35mmで事足りました。28mmや50mmを使ったのはほんの2~3カットに過ぎません。50mmはちょっと狭くて注視する感じになるし、28mmは遠くへ行きすぎる感じなんですよね。やっぱり自分には35mmが一番しっくりくるようです。したがって今度からはOM-4Tiに35mmF2.8かCONTAX T3だけで撮ってみたいと思います。

しかしデジカメで撮ってるときの説明不能な虚しさっていったい何なんでしょうね? 出来上がった写真を見ても明らかにデジタルの方がバキバキにシャープできれいだし、色乗りも良い。でも薄っぺらいというか、情緒がないというか、何かが違うんだよなぁ・・。あのつぶつぶ感がないとダメなのか? いやフィルムという「実体」のない「情報」に過ぎないことがそう感じさせるのだろうか? この時代になぜわざわざフィルムで撮らなければならないのか、その合理的な理由を見い出せず、結局は説明不能ということになるのではないでしょうか?

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