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失われた地名を求めて

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名阪国道の神野口ICの近くに山添村三ヶ谷という集落がありますが、そこで見つけた郵便局です。よく見ると「豊原郵便局」と書いてありますが、いくら地図を調べても豊原という地名はどこにも存在しません。このことをずっと不思議に思ってました。

この謎を解き明かすべく、とりあえずGoogleで「山添村 豊原」なんて検索してみると、たいがいWikipediaにヒットするのですね(笑)。そこにはこんなことが書いてありました。「昭和31年9月30日、豊原村・波多野村が添上郡東山村と合併し山添村が発足。」 そうです、ここはかつて豊原村と呼ばれていた場所だったのですね。明治22年の町村制施行以来、山添村発足までずっとその地名で通ってきたわけです。ちなみに山添村というのは山辺郡の「山」と添上郡の「添」の字を取って名付けられました。結構安直だったのですね。(笑)

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この辺を歩いてみると、郵便局以外にも豊原の地名がいくつか見つかります。すでに廃校になってしまったようですが、「豊央小学校」というのもありました。豊原の中央という意味でしょうか? こういうのを見ると、地元の人達が豊原という地名に今でも愛着を持っていることが十分うかがえます。地図上からは消えてしまっても、人々の心の中には今も息づいているのでしょう。僕も豊原という美しい響きの地名が失われたことは残念に思います。

・・・と、ここである「法則」を発見してしまったのです。「郵便局には明治22年以降の町村名がそのまま残っている!」ということ。たとえば山添村を例にとると、豊原村以外にも東山村には「東山郵便局」、波多野村には「波多野郵便局」がそれぞれ存在します。よく考えてみると郵便局というのは町の中心にあるものですから、当時の村ひとつひとつに郵便局が設置されて、その名称が現在でも残っているというのは自然なことなのですね。まあ道路元標おたくの方にとっては「そんなの常識」なんでしょうが(^^;、僕にとっては「大発見」でしたよ(笑)。そうとわかると奈良県内の地図を調べてみるとあるわあるわ、ほぼ期待通りに旧村名と同じ名前の郵便局が存在するんですね。たとえば天理市内に「朝和」という地名は現在どこにも存在しませんが、「朝和郵便局」はしっかりと見つかりました。

そこでまた良からぬことを思いつきました(笑)。地図から消えてしまった地名の痕跡をとどめるモノを撮るってのはどうや? これは写真のテーマになり得るぞ! まあ事実上は郵便局が最も確率高いですから、ほとんど郵便局めぐりの旅になるでしょう。一応ルールとしては、地名が入っているものを必ず一緒に撮るということですね。これは郵便局に限らず、農協、学校、バス停、看板など、とにかく地名が入っていれば何でもOKです。もし郵便局がなくても、学校はたいがいあります。それもない場合は現地を訪れて地名の入った看板などがないか血眼になって探すことになるでしょう。それはちょうど道路元標探しと同じようなゲーム性があって面白いのではないでしょうか?

平成の大合併というまことにけしからん行為で「村」が次々と消え、トンチンカンな市名が生まれておりますが、実際はそれよりはるか以前に消えてしまった村が数え切れないほど存在するのですね。そういう歴史を一度知ってしまうと、いつも見慣れている場所でも全然違って見えてくるような気がします。郵便局といえども民営化されてから統廃合が進み、いつ消えてなくなるとも知れません。地名という文化的遺産を写真に残すことは社会的にも意義のあることと思います。

バス停はバス停で撮りたいのですが、これはライフワークとして続ける価値のあるものだと思います。とにかくツーリングのネタがない、ネタがないと嘆いておりますが、これをやり始めるといくら時間があっても足りないくらいネタができるのではないでしょうか?(笑)

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