写真

山の辺の道(1)

投稿日:2011 年 2 月 25 日 更新日:


石上神宮

先週の土曜日の写真です。ええお天気でしたので、山の辺の道を石上神宮から柳本まで歩いてきました。前半区間を歩いたのは初めてじゃないかな?

今回はたまにはデジカメでも使ってみるか?ということで(笑)、E-520を持ち出しました。と言いますのも、昨年末に買ったシグマの10-20mmをまだほとんど使ってなくて、安いケンコーの19-35mmばっかり使ってるからなんですよね(笑)。一応、シグマの方が倍以上高かったんだけど・・(^^; というわけで10-20mmと50mmマクロだけ(実際にはほとんど10-20mmしか使ってない)持って出かけました。

しかしまあデジカメってのはほんとによく写ります。あくまでパッと見ですけど・・。カリカリにコントラストの高い映像にキレイキレイな発色。いかにも日本人が好む画質です。しかしだから何?って感じなんですよね・・。よく言われるようにデジカメには空気感がないというか、空気が存在しないようにしか見えないんですね。あくまでもドライで湿度も感じられない。なぜなんだかわからないけど、感覚的には確かにそうなんです。

そしてやっぱりというか、全部で100枚も撮ってるんですけど、選考して残ったのは20枚だけ。いかに無駄なもんばっかり撮ってるかですな。これはもうデジカメで100枚撮るより、24枚撮りフィルムを一本撮りきる方がはるかに難しいんですよ。一方フィルムで撮ったら捨てるコマがほとんどない。つまり撮影の段階で選考が終わっているということなんですな・・。そういう取捨選択をやらずに手当たり次第にシャッター押して何が面白いんだろう?と思いますね。

結果は同じと言われても、写真というものは撮影という行為自体を楽しむものじゃないですかね? 結果さえ得られれば何でも良いという結果至上主義の考え方は結局「産業」と変わらないんですね。極端な話、カメラがロボット化されて自動的に写真を撮りに行って、「すばらしい写真」を撮って帰ってきてくれたとしても、それで満足できますか? 結果がすべてという考え方は、最終的にそこへ行き着くのですね。デジカメに付きまとうある種のばかばかしさはその辺に起因しているのではないかと思います。

要するに、デジカメはもうええ!っちゅうことですわ。(^^;

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石上神宮の鶏


なで牛


無人売店


路傍の野仏


梅が咲き始めた夜都岐神社前


ひこうき雲


天理市竹之内町

(写真:奈良県天理市)

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