2005.4.23 八重山ツアー2005(4日目)~与那国島へ~

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自転車

実走日:2005年4月23日(土)
コース:石垣港=(フェリー)=久部良港~久部良周辺を散策

 今日はいよいよ与那国島へ出発する日だ。与那国島は八重山諸島の中でも最も離れていて、石垣島と台湾のちょうど中間点に位置する。これまで八重山のほとんどの離島を訪れたが、与那国島だけが最後に残ってしまった。与那国島行きのフェリーは週二便・水曜日と土曜日にだけ運航されていて、出航時刻は10時ちょうど。所要時間は4時間半かかる。だから日程がうまく合わなければフェリーで行くのは不可能なのだ。たいていの人は毎日1~2便運航されている飛行機で行くことになる。飛行機ならわずか30分であっという間に着いてしまうが、たっぷり時間があるのにそんなに急いで行く必要もない。それに自転車を載せてもらうにも手間がかかる。はるばるやって来た感慨を味わうためにも、ここはやはりフェリーで行くのが一番だ。

 9時過ぎに3日間お世話になった八洲旅館を後にし、すぐ近くの石垣港へ向かう。フェリー乗り場は高速船が発着する離島桟橋の奥の方にあり、かなり離れている。福山海運の切符売り場で往復のチケットを買い、自転車を車両デッキに固定してもらってから客室に移る。乗用車は少ないが、二輪車のライダーは結構多いようだ。客室は絨毯席と寝台席があってどちらでも自由に選べるが、寝台席の方をキープしておく。フェリーといってもそんなに大きくはない。いっぱい詰め込んでもせいぜい100人乗れるかどうかだ。

フェリーよなくに

 フェリーは定刻より5分ほど早く出航し、方向転換をしながら石垣港をゆっくりと離れていく。石垣島とはしばしのお別れだ。これよりH”は一切通じなくなるのでメールのチェックもできない。

石垣港が遠ざかる

 竹富島のそばを通過し、30分ほどすると小浜島が近づいてくる。高速船と違って実にのんびりしたものだ。それにしても今日はいい天気だ。

小浜島

 1時間ほど経つと西表島が接近し、上原と鳩間島の間の鳩間水道を通過する。上原の集落とその手前の海にはサンゴだけでできたバラス島が見えている。

西表島・上原付近

 船の右手には平べったい鳩間島が見える。人口50人ほどの小さな小さな島。

鳩間島

 上原から星砂の浜のある岬を回り込み、西表島の西岸が見えてくる。外離島もよく見える。西表島西部は他の連絡船からは見ることができない珍しい風景だ。

西表島西部

 西表島を離れるまでに2時間ほどかかる。その後はもう島はどこにも見えなくなり、いったん客室に戻りベッドで横になる。1時間ほどしてもう一度外に出てみると、さっきまであんなに晴れていたのに何と土砂降りの雨が降っている。風もものすごい。甲板は水浸しになって誰もいない。同時に海も荒れてきて白波が立っている。船は時折大きく揺れて立っていることが難しい。また客室に戻って横になる。

 到着予定の1時間前くらいになってもう一度甲板に出てみると、遠くに小さく与那国島の島影が見えていた。次第にそれがはっきりと大きくなり、立神岩もちゃんと確認できるようになる。周りを断崖絶壁に囲まれたまさに絶海の孤島。来る者を拒むかのように海は荒れ続ける。方言で「どなん(渡難)」と呼ばれている理由がよくわかった。このあたりは気象条件が厳しく、このくらい揺れるのは当たり前のことなのだ。与那国島が近づくにつれてますます揺れは激しくなり、何かにつかまっていないと立っていることができない。横揺れはまだいいが、縦揺れはつらい。立っていると気分が悪くなってくるのでまた客室に引き返す。もう横になって耐えるしかない。

与那国島が見えた

 与那国島の沿岸に達してからもまだ小一時間かかり、定刻より遅れて15時前に久部良港に入港した。ほぼ5時間ほどかかったことになる。手荒い歓迎を受けたが、自転車を受け取って与那国島への第一歩を印す。まだ小雨がぱらついている。まず港のすぐ近くにある民宿『はいどなん』へ行ってチェックインを済ませ、荷物を置かせてもらう。今日はもう時間も遅いから付近を散策するくらいしかできない。雨が止むのを待ってから自転車で散歩に出かける。

民宿『はいどなん』

 まずは久部良集落はずれの丘の上にある「久部良バリ」の方へ向かってみる。坂を登っていくと草地が広がる丘の上に出た。そこには「日本最後の夕日が見える丘」の石碑が立っていた。ここは日本の最西端だから日が沈むのも一番最後というわけだ。あいにく今日は天気が悪くて夕日は拝めそうにもない。丘の上からは断崖の上に立つ西崎(いりざき)灯台がよく見える。それにしてもものすごい強風だ。カメラを持つ手も揺れて構図が定まらない。

西崎を望む

 丘の上には白いテッポウユリが咲いていて、名前は何というのかわからないが黄色い花とのコントラストが美しい。背後には久部良岳がそびえている。

久部良岳とテッポウユリ

 さらに奥へ進んでいくと大きな岩の裂け目が現れた。これが久部良バリと呼ばれている史跡である。悪名高き人頭税時代に人減らしのため妊婦を跳ばせたとの言い伝えが残っている。多くは隙間に落ちて死んだり、うまく渡れても衝撃で流産したと言われている。そんな哀しい伝説が残っているからか、この曇天と強風がそうさせるのか、どこかうら寂しい感じのする風景に強く惹かれるものがあった。本当に日本の果ての果てまで来たという感慨に打ち震えた。

久部良バリ

 もう一度坂を下って久部良集落へ引き返し、今度は西崎の灯台まで登っていく。標高は50mほどだが、一直線で登るから相当きつい。途中でダウンして押し始めた。灯台の下はきれいな芝生になっていて駐車場がある。そこへ自転車を置いて歩いて登っていく。これが日本の最西端の灯台だ。

西崎灯台

 灯台の近くからは久部良港とその周りに広がる集落、そして背後の久部良岳がパノラマのように見渡せる。

西崎より久部良港を望む

 そして灯台のすぐ横には日本最西端の碑が立っている。日本最南端の碑に比べるとずいぶん立派なものだ。時折、観光客が訪れて記念写真を撮っていくけれども、あの宗谷岬のような騒々しい場所ではない。これで日本の東西南北すべての端に到達したことになる。ここは東経122度59分4秒に位置し、この海の向こうには台湾があるのだ。天気の良い日には台湾が見えることもあるという。

日本最西端の碑

 芝生が広がる丘の上で1時間近くのんびりして5時過ぎに西崎を後にする。途中、ナーマ浜と呼ばれる砂浜に立ち寄ってみるが、波が高くて海の色も冴えない。また雨がぱらついてきた。民宿に戻ってテレビを見ると、明日の天気予報は曇りのち雨。よりによって一番大事な日に雨とは来た意味がないじゃないか。どうせ当たらないだろうけど、何とか外れてくれることを祈る。

ナーマ浜

片雲の風に誘われて