デジカメ買う金があったら写真集を買え!

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写真

デジカメの世代交代は激しいです。華々しく登場した新製品も1年も経つと後継機が出て表舞台から姿を消し、話題にも上らなくなります。デジカメはもはやPCの周辺機器に過ぎないのですから常に買い換えていかなければなりません。古いPCを使いたい人が誰もいないように、デジカメは新しいほどいいに決まってます。メーカーは買い換えさせることでしか生き残れないのですから必死です。チマチマとどうでもいい機能を継ぎ足し、あの手この手で買い換えさせようとユーザーの財布を狙っているのです。

世の中には新しいデジカメが出るたびにとりあえず買ってみる人がいるようです。それも発売前に予約を入れて・・。そして自分のブログとかで誰よりも早く実写レビューをやるわけです。フィルム時代はどんなカメラでも画質は変わらなかったのでまるで無意味でしたが、デジカメはカメラで画質が決まるためレビューのし甲斐があるのです。まあよほどお金が有り余ってるのでしょうから人様のやることにケチを付けるつもりはありませんが、こういう人を見ると「メーカーの掌の上で弄ばれている哀れな衆生」に思えてならないのです。仏様の掌なら有難味もありますが、メーカーの掌の上で何枚だぁ、何枚だぁとお布施をばらまいている姿が目に浮かんでしまいます。それを見て欲しがるギャラリーもまた同類。こういう人がどんな写真を撮っているかは言わずもがな・・

当たり前ですが、いくらカメラを買っても写真は上手くなりません。上手くなったように見えてもそれはカメラに撮ってもらったに過ぎません。写真が上手くなるためには言うまでもなく撮ることです。そしてもう一つは良い写真を観ること。今はネット社会ですから手っ取り早くやるには星の数ほどあるブログを徘徊するのも一つの手ですが、写真というものはプリントして初めて作品になるもので、モニター上で見るものが作者の見ているものと同じである保証はどこにもありません。また、あまりにも数が多すぎて本当に良いものとそうでないものを見分けるのも至難の業でしょう。ですから写真展を観たり、写真集を買ってみることによって本物の写真に触れることが最も望ましい形であろうと思われます。これらは少なくともブログよりはるかにハードルが高く、真剣に写真に取り組んでいる人でなければそこまではたどり着けないからです。

もちろんブログと違ってタダというわけには行きませんし、それなりに行動力も必要とされます。でもいずれ粗大ゴミに化けるデジカメに注ぎ込むお金があったら、もっと身になることに使った方がいいではないですか。観たい写真展はたくさんありますが、残念ながら田舎に住んでいるとそうそう機会はありません。こればっかりは東京に住んでいる人を羨むばかりです。そこで写真集を求めることになるわけですが、これまた田舎では書店で手に取って選ぶわけにいきません。結局はネット通販のお世話になるしかないのです。

写真集を選ぶとき、誰もが知っているような有名写真家のものを買うのも無難といえば無難ですが、僕はそれより新進気鋭の若手作家を発掘することに喜びを感じています。ちょうどメジャーデビュー前のミュージシャンのインディーズCDを買うようなものでしょうか・・。とりわけその人の初写真集というのは特別な思い入れがあります。それで、今回注目したのは鶴田厚博さんの『BLACK DOCK』という初めての写真集でした。

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鶴田厚博 『BLACK DOCK』 蒼穹舎

都会では書店に置いているところもありますが、ウェブサイトも公開しておられるので、今回は作家から直接購入することにしました。写真家にとって、自分の作品を買ってもらえることが最大の賛辞であることに違いありません。どうしても買い手の側から直接意志を伝えたかったのです。こうやって直接作品を購入できたり、ウェブサイトで生の声を聞くことができるのもネット時代の恩恵ではないでしょうか。

さてこの写真集には日本の各地を旅して撮られたモノクロ作品65点が収められています。そのサンプルはウェブサイトでいくつか見ることができます。おわかりのようにネイチャーなどではなく、どこにでもあるような街角の風景を切り取ったものです。カラーとモノクロの違いはありますが、尾仲さんの作風に似ているといえば似ているし、明らかに違う部分もあります。どっちかと言えば少し都市的というか、郊外の匂いがします。尾仲さんの写真に決して現れることのないコンビニのようなものがその象徴でしょう。それもまた現代の日本の風景なのかもしれません。

ネイチャーというのは誰が見てもわかりやすいのですが、こういう写真はなかなか理解するのが難しいものです。きれいなものや珍しいものが写ってるわけでもなく、ただの交差点とか駅前とか港とか、一見してどこが面白いのだかわからないというのが普通の人の反応でしょう。でもそれを読み解くのがまた楽しみでもあります。写真集というものは文字のない物語だと思います。それを通して作家と対話するような気持ちで読み進めていくのです。

最初にまずやることは、この写真はたぶん自分も撮るだろうなとか、これは撮りそうにもないなとか、自分の視点で眺めてみることです。そこからこういう視点もあったのかと、自分にはないものを感じ取ります。そして次に、作家はこの場所でなぜシャッターを切ったのだろうか?と作家の気持ちに立って考えてみるのです。それは何となくわかる場合もあれば、理解に苦しむ場合もあります。自分だったら絶対にカメラを向けそうにないのに、何がそうさせたのだろうかとあれこれ想像を巡らせます。

それから撮影された場所を推定してみたりもします。だいたい看板の文字などから見当がつく場合が多いのですが、まったく手がかりのない場合もあります。そんな時は当てずっぽうでも雰囲気から「だいたいこの地方かな?」と想像はしてみます。ですが、実は巻末に撮影場所の一覧がちゃんとあるのでした(笑)。種明かしですね。これも尾仲さんを意識してるのでしょうか? 出身地である岩手や活動拠点の横浜が多いですが、三重とか神戸とか割と身近な場所も撮影されているようです。

そして一通り見終わってやることは、写真集を作る過程を考えてみることです。写真集を作るには当然写真を選ぶところから始まり、ページの割付を決めたりする作業が必ずあるはずです。この写真とこの写真が見開きに並んでいるのはどういう意図だろうか?と想像を巡らしたりするわけです。実際そんなことは作家に聞かなければわからないのでしょうが、それでも何か意図を想像してみるのは意味のあることです。

一冊の写真集からでもこれほど多くのことを学ぶことができるのです。メーカーにするお布施に比べれば安いものではありませんか。メーカーにいくらお布施してもあなたの写真は良くなりませんが、作家にするお布施は必ずやあなたの写真生活を豊かにしてくれるはずです。

最後に巻末のあとがきに書かれていた言葉が心に染みました。鶴田さんは5年前に会社勤めを辞めてフリーになったそうです。でも写真家とは名ばかりでアルバイトに明け暮れる毎日。それでもカメラを持って各地を旅するのは楽しいと自信を持って言っておられます。作者のブログを読めばそんな等身大の姿が伝わってきます。同年代でもある作者に自分の姿が重なって見えるのでした。

片雲の風に誘われて