フィルム 写真

超アナログの世界

投稿日:2009 年 11 月 4 日 更新日:

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ついにこんなことまでやってしまいました。(^^;

ネイティブデジカメ世代の人には何のことだかわからないでしょうが・・

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これはモノクロフィルムの現像風景です。プリントは暗室がないとできないので無理ですが、フィルムの現像は明るいところでもできるのです。この金属製のタンクの中にフィルムが入っていて現像液に浸されております。

実は5年ほど前、モノクロの現像セット自体は買い揃えてあって、2~3度はやったことがあるのですが、写真そのものをやめてしまったため、そのまま使わずじまいでした。その頃買ったモノクロフィルムが3本使われないまま冷蔵庫に入っていたのですが、よく見ると有効期限を4年も過ぎておりました(汗)。さすがにこれはアカンやろと思ってダメモトで練習用に使ってみました。

いざ現像しようと思って、現像液を作るためにD-76(現像剤)の袋を開けてみると、ドヒャ~真っ黒な粉が出てきました(爆)。安いからといって大きい袋を買っても、一度封を切ってしまうとだめなんですね。さすがに5年も放置してると腐ってましたわ。(^^; これはアカンということでカメラのキタムラへ買いに走りましたが、もう暗室用品は申し訳程度にしか置いてなくて、現像剤はD-76とSPDが少々しかありませんでした。いよいよ奈良では手に入らなくなってきました。

それで5年もやってないとやり方もすっかり忘れてますので、もう一度虎の巻を読んだりしてお勉強・・。やっと思い出したところで期限切れフィルムをイチかバチか現像してみました。恐る恐る現像タンクを開けてみると、ちゃんと像が浮かび上がってるではないですか! 別に何の問題もなく撮影できているようでした。さすがにカラーはアカンと思いますが、モノクロフィルムは意外と大丈夫なものですね。

自分で現像するのって何か難しそうなイメージがありますが、そんなことはないですよ。要点は温度管理をしっかりすることと、現像時間をきっちり守ること、それさえ心がければ特に難しいことはありません。何と言ってもアナログですから少々のことはアバウトでもOKです。

自分で現像する時間がないという人もいますが、準備と後片付けを含めても1時間あればできますよ(乾燥は時間かかるけど)。やっぱり自分で現像するのが楽しいんですよね・・。現像タンクの蓋を開けるときのワクワク感と緊張感が何ともいえません。フィルムに像が浮かび上がっているのを見るのはすごい感動です。逆立ちしてもデジカメでこんな感動味わえんだろが・・(^^;

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最近、やっとモノクロ写真が美しいと心から思えるようになりました。昔は写真展とか写真集でカラーじゃないと何か損したような気分になったものです。モノクロといえば古い写真あるいは不完全な写真というイメージがあったからです。ところが今は好んでモノクロ写真を求めるようになっています。少なくともネイチャーをやっていた頃はモノクロ写真の良さを説かれても、自分で撮る気にはなれなかったんですよね・・。色鮮やかな風景を目の前にして、これをモノクロで撮ってしまうのは「もったいない」あるいは「後悔するぞ」といった貧乏性が頭をもたげて、とてもそんな勇気はありませんでした。

しかしそのことは裏を返せば色でしかものを見ていないという事実につながります。特にネイチャーをやっているとその傾向が強く、派手な色ばかりを追い求めて被写体を探していました。鮮やかな紅葉など見つけると、嬉々として画面を真っ赤っかにすることばかりを考えていました。一方モノクロで撮るということは、それとは正反対のアプローチになります。色で訴えることができない分、ものの形と光に注目して被写体を探す必要があります。つまりものの見方そのものが変わるということです。これは自分にとってすごく新鮮でした。色でしかものを見ないのは長年のネイチャーで染み付いた自分のクセだったので、これを矯正するのにモノクロは最適だったのです。

またカメラの使い分けという点でもモノクロは合理的な判断基準を与えてくれます。今の考えでいえば、カラーはデジタルで十分(とは言えない場合も結構あるけれど)という結論に達しています。何と言ってもデジタルの方が色はキレイですから。暗所での撮影性能などはフィルムをはるかに上回っています。しかしモノクロはフィルムに限ると思っています。独特の粒状感と階調の豊かさはフィルムでしか得られないものです。もちろんデジタルでもモノクロは撮れますが、どうしても「紛い物」というイメージを拭えません。意外に思われるかもしれませんが、デジカメは原理的に「カラーでしか撮れないカメラ」なのです。それは撮像素子の構造を考えると理解できます。モノクロモードというのもありますが、あれはいったんカラーで撮ったものをカメラ内でモノクロに変換しているに過ぎません。それだったら最初からカラーで撮って、後処理でモノクロ変換した方がフィルター効果を出せる分、合理的といえます。しかし後からモノクロ化すればいいという中途半端な気持ちではものの見方も曖昧になってくることは避けられないでしょう。どのようにしても中間にカラーを介在せざるを得ないところが「紛い物」であるとする所以なのです。

フィルムが風前の灯火となった今、写真の原点であるモノクロに回帰しようとしているのは何かの因縁を感じます。しかしモノクロこそが銀塩写真の生き残る最後の道だとも思っています。いずれ「その日」が来るまでは、もう少しこの超アナログの世界に身を置いてみようと思うのでした。

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