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非観光写真

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Picasa 東紀州II

僕の旅行はちょっと変わっています。というのも、いわゆる「観光地」には一切行かないからです。いや昔は行っていたのですけれど、ある程度旅慣れてくると観光地というものはつまらないということが本能的にわかってしまうのです。日本人の旅行といえば、有名な建物かなんかの前でピースサインでもして記念写真を撮るというのが今も昔も変わらないステレオタイプなスタイルでしょう。別にそれが悪いとは申しませんが、観光地に行くということは要するにガイドブックの再確認に過ぎないのではと思います。それならわざわざ行かなくてもガイドブックで十分じゃないですか・・。ですから有名な観光地の近くまで行っても避けるように通り過ぎることが多いのです。日光に行って東照宮を見ずに帰ってきたのは僕くらいではないでしょうか?(笑)

だいたい日本人というものは「個」の意識が発達していないので、右へならえ的傾向が強すぎます。どこそこのラーメン屋がうまいと聞けば行列してでも食べに行く、どこそこで渋滞が発生していると聞けばわざわざ渋滞の列に加わる、映画が話題になった途端に映画館が満員になる、この食品がダイエットに効くと聞けばスーパーの店頭から消える(笑)・・・など数え上げればキリがありません。僕はそういう「大衆」的行動が大キライです。他人がやってるだけでもうやる気が失せるので、わざと違うことをしたくなります。

写真だって同じです。昔やってたネイチャーフォトなどはその典型で、有名な撮影地に行けば必ず三脚を抱えたカメラマンがうようよしています。そして同じ方向へ向かって一斉にレンズを向けているのです。中には「先生」と称する人物が生徒を引き連れて「はい、これを撮りましょう」とやってたり・・。こんなことをやって何が面白いんでしょうねえ・・。こういう人たちって、写真雑誌の作例が頭の中にあって、そのイメージをどうやって作るかに腐心してるんだと思います。そんなの雑誌買ってくれば済む話じゃないの?(笑) ああ、つまらない、つまらない。僕は他人に撮られた風景などそれだけで萎えてしまいますよ。

ネイチャーフォトをやめて久しいですが、有名撮影地詣でをやめて何を撮ってるかといえば、地方の中小都市の裏通りだったり、山奥の過疎集落だったり、うら寂れた漁村だったり、まあ要するに日本全国どこにでもあるような何でもない風景ばっかりです。だからどこそこへ旅行したと言ってもどこで撮ったのかよくわからない(笑)。わざわざ遠くまで出かけて行って、何を観光するでもなしにどうってこともない風景を撮って帰る。そんなことをして何が面白いのかと言われそうですが、つまらないネイチャーより100倍は面白いですよ(笑)。少なくともそこには自分が旅した軌跡が残っているわけですしね、これも一種の「私写真」と言えるのでしょう。おそらく一度もレンズを向けられたことがないであろう風景を世界で最初に写真に収めるのは快楽でもあります。後から見ると何でこんなところでシャッターを押したのだろう?と疑問に思うこともありますが、こういうのはやっぱり見慣れてしまうと撮れなくなるので、その時の感性は大切にしなければならないのだと思います。特に深く関わるわけでもなく、通りすがりの旅人だからこそ撮れる風景。それもまたいいんではないでしょうか。

ネイチャーフォトをやっていた頃から写真集はいろいろ買ってますけどね、どうもネイチャーの写真集というのは一度見たら「お腹いっぱい」って感じでもう一度見たいという気にはならないんですよね・・。そんな中で何度でも開いて見たくなるのは尾仲浩二さんの写真集だけなのです。これまた僕以上に何でもない風景ばっかりですが、見るたびに新しい発見があります。それがまた手に取らせてしまうのです。なぜだかわからないけど引き込まれる不思議な魅力があります。そんな一見つまらなさそうだけど、噛めば噛むほど味が出る「するめ」のような写真を目指したいと思うのでした。

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