雑記

8周年

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何のことかと申しますと、今日で(最初の)会社を辞めてからちょうど8年が経ちました。なんかあっという間というか、ついこの前のような気がするんですけど、いつの間にかそんなに経ってるんですね・・。その間いろんな職を転々としましたが、厳密な意味での勤め人(サラリーマン)は最初の会社だけなんですよね・・。サラリーマン時代が10年半、その後が8年。もうすぐフリーになってからの方が長くなるんだなって、ぜんぜん実感はないんですけど、なんか考えたら恐ろしくなってきます。(^^;

最初は5年もったらいいところだろうと思ってて、それより先のことはまったく想像もできなかったんですけど、 とりあえずまだ生きてました。(^^; よく持ちこたえたといえばそうなんですけど、8年前と状況がまったく変わってないことにむしろ焦りを感じています。相変わらず綱渡りの人生には違いなく、崖っぷちには何度も立たされていますが、なぜかそのたびに救いの船が現れて今まで乗り切ったというのが正直なところです。ただ生来の運の悪さから、いつまでもそんなにうまく行くわけもなく、いつかとんでもない災難に見舞われて奈落の底に突き落とされるだろうという言いようのない不安を拭いきれないのです。(^^;

最初の会社を含め、その後のアルバイトも首切りではなくすべて自分から辞めました。何となく自分の中では2年というのが一つの限界なんですよね・・。2年も同じところにいると職場の良い面も悪い面もすべて見えてきます。そしてトップのアホさ加減が見えてしまうと、もうどうにも我慢ならなくなってポイッと飛び出すわけです。最初の会社では社内転職という「疑似転職」を繰り返して何とか10年持ちこたえました。しかしさすがに10年もいるとこの会社はどこへ行ってもダメということが見えてしまい、先のことも考えずに退職という荒業に出ました。最近まで勤めていた某ソフトハウスも最初はすごい会社だと思ってたんですよ。これは理想の会社かもしれないのでしばらく腰を落ち着けてもいいかなと・・。でもやっぱりダメでした。やってることのレベルが低すぎます、しょせんは三流。そして社長がとんでもない道楽野郎でした。この社長は金になる仕事は全部社員に丸投げして、自分は金にもならない趣味のHPを更新して一日中遊んでいるのです。たまに会社を抜け出して趣味のイベントに行くことも・・。これこそ社員のやる気を削ぐ最低最悪の行為。利益のすべては超安月給の社員が稼ぎ出しています。こんなおっさんを遊ばせるために自分の時間を犠牲にするのはバカらしくなったので、2年足らずで辞めました。社員のほとんどが辞めた今、自分一人では何もできない無力さを味わっていることでしょう。

つくづく自分はサラリーマンに向いてないのだと思います。どこへ行ってもトップのアホさばかりが目についてどうしようもなくなります。結局は(たとえ一人でも)自分がトップになる以外にないと悟ったのです。

そればかりじゃなく、「約束された未来」というものにどうしようもない絶望感を抱いてしまうのでしょうね。会社の敷いたレールに載せられて昇進し、ガッポリ退職金をもらって定年退職。その行き着く先が見えてしまうともう耐えられないのです。フツーの人はそこに「安心」を覚えるのでしょうが、僕にとってそれは死刑宣告にも等しい絶望的なものです。いわば「飼い殺しの刑」。すべての可能性に扉を閉ざし、「この会社に骨を埋める」という思想は到底僕には受け入れられません。それよりは保障なんか何にもなくてもいいから、フリーになって未来を常に白紙の状態にしておきたいという思いが強いのです。努力しだいで「何にでもなれる可能性」をどこかに残しておきたいのでしょう。要するに夢想家かもしれません。その代わり、たとえどうなってもすべて自分で責任を取る。そのくらいの気概がなければフリーなんてやってられませんよ・・

さて今年もあと3ヶ月となってしまいました。今年は某(爆)ソフトハウスを3月に辞めて完全フリーとなり、あれこれやってみたいと考えていたのですが、いろいろゴタゴタしてるうちにどれも中途半端になり、計画は思うように進んでおりません。年末が近づくにつれて、今年も何もできなかった・・・という無力感が募るばかりです。といって後ろばかりも向いてられないので、来年に向けて助走をつけていかなければならないのですが、なかなかエンジンがかかりません。(^^;

・・・と、記念日を迎えてとりとめもない雑文になってしまいました。(^^;

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